1980年はゲームにって、はじめて迎える黄金期だった。
『 スペースインベーダー 』が多くの国で人気となり、あの東芝までもがゲーム産業に参入していた。
もちろん、ゲームの進化はまだまだ止まらない、というかこんなもんじゃない。
1980年代に入ってから、やっとあの企業があのゲーム機を発売したのである。
あの企業とは、そう今や世界的ゲーム企業となった任天堂が第3世代のゲーム機であるファミリーコンピュータを1983年に販売したのであった!
当時としては、革命的だったパッド型のコントローラーの登場とゲーム文化の礎を築いた『スーパーマリオブラザーズ』がこの時期に販売されたこともあり、任天堂は不動のゲーム企業として、日本だけでなく世界にもその名を知らしめることになったのだった。
マリオに代表されるようなアクション性の高いゲームは当時として珍しく、マリオ以前のゲームはバリエーションは少なく、RPGや対戦型格闘ゲームなんて、ほとんど販売されていなかった。
だが、ファミコンが発売されたことによって、RPGや対戦型格闘ゲーム、2Dアクションゲームなどの今日につながるゲームシステムの原型が誕生するきっかけになったのだった。
今でも、その続編が作られるほどの伝説級のゲームが90年代前半は多数販売されるのだが、大きな壁にぶち当たる。
それは、ゲームソフトの大容量化によって開発コストが高騰し、10000円台のゲームが続出したということだ!
今でも、10000円を超すゲームが珍しいように、いくら日本の景気が良い時代とは言え、ゲームの価格は高すぎた。
この状況を打破すべてく、ゲームはさらなる進化をとげる。
従来のROMカートリッジよりも安価なCD-ROMを媒体に利用する機種が現れたのだ。
それはPCエンジン・メガドライブ・スーパーファミコンの3機種であり、この3機種こそがゲーム機における第4世代のゲーム機たちである。
また、この時期はゲーセン文化が花開いた時代でもある。
昭和の映画で見られるような喫茶店にインベーダーゲームがある時代は終わりを告げ、ゲームセンターに格闘ゲームブームが到来した。
そう「 ストリートファイター 」の人気が爆発したのだ!
従来の格闘ゲームとは一線を画するゲームシステムは当時の若者を魅了した。そのストリートファイター2の練習ができるということで、スーパーファミコンの人気も、また高まっていたのだった。
驚くべきことにゲームの進化は、まだまだ続く。
第5世代のゲームはROMカセットに代わって光ディスクが主流となり、本格的な3Dグラフィックス機能が搭載され、今のゲーム機の基礎を作った名ゲーム機が発売されるようになる。
それがNINTENDO64であり、PlayStationであり、セガサターンだった。
そして、ひっそりとゲーム機の生みの親である、アタリがゲーム機事業から撤退していたのであった……。